自筆証書遺言書
今回は遺言書、特に自筆証書遺言書に関する話題です。個人が亡くなった後の財産については、法定相続によって相続されますので、必ず遺言書を作成しなければならないということはないのですが、法定相続人以外にも財産を残したい人がいる、相続をめぐって親族が揉めるのを防止したい、などという理由で遺言書を作成される方は多いです。
「相続で揉めるのは相続財産がたくさんある家庭」とお考えの方もいらっしゃるかもしれませんが、相続で揉めるのは、相続財産の多い、少ないではないようです。最高裁判所の司法統計によりますと、近年、遺産の分割を巡って家庭裁判所に持ち込まれる案件は全国で年間12,000件前後で、20年前と比べると約1.5倍になっています。
そして2019(令和元)年中に調停が成立した遺産分割事件のうち、遺産の額が1,000万円以下の割合が全体の約3分の1、5,000万円以下になると全体の4分の3を占めています。
遺言書には以下の3種類があります。
- 公正証書遺言
公証役場で証人2人以上の立会いのもと、遺言者が遺言の趣旨を公証人に話して公証人の筆記によって作成してもらう遺言書です。遺言書の原本は公証役場で保管されます。公正証書遺言は年間10万人~11万人の方が作成しています。
- 自筆証書遺言
自筆証書遺言は、遺言者が遺言の全文、日付、氏名を自分で手書きして、押印をする遺言書です。
- 秘密証書遺言
内容を秘密にしたまま、その存在だけを公証人と証人2人以上で証明してもらう遺言書です。秘密証書遺言はその名の通り遺言者以外、公証人も証人も中身を見ていないので、形式が法的に無効になる可能性があります。
以上3種類の中で、自筆証書遺言書は作成の費用がかからず、いつでも手軽に書き直すことができますし、遺言書の内容も秘密にすることができます。その反面、自筆証書遺言は家庭裁判所で検認※の手続きが必要になり、遺言書の形式が法的に無効になる可能性があります。それに発見されなかったり、発見した人が書き換えたり、捨てられたりするおそれもあります。
※検認とは、相続人に対し遺言の存在を知らせるとともに、遺言書の形状や内容などを明確にして、遺言書の偽造・変造を防止するための手続きです。遺言書の保管者や発見した相続人が遺言書を家庭裁判所に提出して、検認の手続きをする必要があります。
そこで、自筆証書遺言の手軽に書けるという長所を生かしつつ、遺言書の形式が民法で定める要件を満たさなければ、遺言が無効になってしまうという短所を補うことができる「自筆証書遺言書保管制度」が2020(令和2)年7月10日から始まっています。
この制度には以下のような長所があります。
1 法務局で遺言書の原本と、そのデータが保管されていますので、紛失や盗難の心配がありませんし、他の人に書き換えられることもありません。遺言書の原本は遺言者の死亡後50年間保され、加えて画像データとしても遺言者の死亡後150年間という長期間適正に管理されます。
2 民法が定める自筆証書遺言の形式通りに作成されているかということを法務局職員が確認してくれるので、遺言書が無効になりにくいです。
3 遺言者が亡くなった時に、予め指定された方へ遺言書が法務局に保管されていることを通知してくれるので(遺言者が予め希望した場合で、遺言書保管官(法務局の職員)が亡くなったことを確認した場合に通知されます)、相続人に発見される可能性が高いです。
4 家庭裁判所の検認の手続きが不要です。
以上の通り自筆証書遺言書保管制度は、自筆証書遺言の短所をかなり補ってくれていますが、以下のような短所もあります。
1 法務局でチェックしてくれるのは遺言の形式だけで、遺言の内容に関するアドバイスや内容が有効であることは証明してもらえません。
2 申請は必ず遺言者が法務局に行って手続きをする必要があります。例えば体調が悪くても、自分の代わりに子どもや専門家に手続きを依頼することができません。
3 遺言書の様式が決まっています。保管制度を利用する場合は、用紙などについて決められた様式で遺言書を作成する必要があります。法務局へ持って行った自筆証書遺言すべてを保管してもらえるわけではありません。
この制度が始まってから約2年半経った2023年1月時点、累計で47,000件以上がこの制度を使った自筆証書遺言書が保管されています。
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編集後記
自筆証書遺言には日付、氏名の記載が必要ですが、仕事で使用しているペンネームや芸名など(以下「ペンネーム」)が本名よりも世間に知れ渡っている人が、遺言書にペンネームで署名した場合、遺言書は無効になってしまうのでしょうか。
なぜ遺言書に署名が必要なのかを考えると、遺言者を特定して、他人と混同しないようにするためです。そういう理由から考えれば、戸籍上の氏名でなく、ペンネームでも構わないことになり、遺言書は有効になる可能性が高いです。
実際に過去には「遺言者が何人であるかを知ることができ、他人との混同が生じない場合には、氏又は名のみで良い」と判決が出たこともあるようです。そうなるとペンネームだけでなく、戸籍上の氏名が漢字だったとしても、ひらがなで署名した自筆証書遺言も有効になる可能性が高いです。もっとも遺言者が書いた名前が他人と区別できるかどうかということについて、明確な基準があるわけではないので、戸籍上の氏名を記載するのが無難であると思います。
ペンネームで署名することについて、法務省の自筆証書遺言書保管制度のホームページでは「民法上は,本人を特定できればペンネームでも問題ないとされています」としたうえで、この自筆証書遺言書保管制度では,遺言書の保管の申請時には申請人である遺言者本人の氏名を確認した上で預かるので、公的資料で確認することができないペンネームの署名は預かれないそうです。