ホーム > 社名の由来

社名の由来

桃李言わざれども下、自ら蹊を成す

中国の古典で、司馬遷の「史記-李将軍列伝-」その中にある言葉から、桃李』(トウリ)をもらいました。

桃や李(すもも)は、決して自分からものを言うわけではないが、その魅力ゆえに慕ってくる人々が多く、そのため木の下には自然と小道(蹊)ができる。

名将「李広(りこう)将軍」は、皆に慕われながらも、作戦の失敗を一身に背負い、自ら自分の首をはねました。

部下はもとより、これを伝え聞いた人は皆泣いたという話。

史記の作者、司馬遷は、このことを桃や李に例えました。


弊社も皆様から信頼していただき、 『トウリハウジングなら安心して任せられる』と、自然に人が集まってくる ような魅力ある会社になり、そしてそうあり続ける事を目標にしています。

株式会社トウリハウジング
代表取締役 山田 正明

補足

■史記

司馬遷(前145-前87)の『史記』には、伝説の黄帝から前漢の武帝までの二千数百年の歴史が書かれており、完成までに20年かかったそうです。

■李広将軍

前漢の時代に隴西(甘粛)の武家の生まれ、文帝(在位BC179〜BC157)、景帝(在位BC156〜BC141)、武帝 (在位BC140〜BC87)に仕えました。

弓の名手で、前漢を脅かしていた匈奴からは「飛将軍」とあだ名をつけられ、大変恐れられていました。
李将軍は、行軍中に食糧が少なくなると、部下の兵卒達が皆食べ終わらないと自分は食べない、報賞として金品をもらうと、それを部下達に分け与える、 という人柄でした。

また、口下手で口数が少なく、ただひたすら弓だけが趣味。
酒席でも罰杯をかけた射的をしていたそうです。

■一念岩をも通ず

ある日、狩にでかけた李将軍は草むらの中の石を見て虎と思い、矢を射たところ矢は命中し、石に鏃(やじり)がめりこんでいました。
李将軍は、ふたたびその石に向かって矢を射ましたが、二度と鏃がめりこむことはありませんでした。

このエピソードから、『一念岩をも通ず』という言葉が生まれました。

一般公開物件

非公開物件

非公開物件の情報量は一般公開物件のおよそ3.5倍!あなたも是非Web会員登録を。登録料は無料!簡単に登録できます。

Web会員登録

カンタン無料査定

pagetop